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鶴岡八幡宮大銀杏




吉野山
峰の白雪
ふみわけて
入りにし人の
跡ぞ恋しき









吉野山で
白雪を踏み分け
山深く
入ってしまった
あの人の
足跡さえも今は
戀(こぃ)しいのです…


















鶴岡八幡宮の
御神木である
樹齢千年の
大銀杏(おおいちょう)が
根元から
倒れたそぅ。。




鎌倉幕府三代将軍
源実朝(さねとも)の
暗殺事件の
「隠れ銀杏」の木。。







午前4時15分ごろ
当直の警備員が
3回ほど
「ドンドン」という
音を聞いたそぅ。


警備員は
「積もった雪が
落ちる音だと
思った」そぅな…


その後
落雷のような
音がして
様子を見に行くと
大銀杏が
倒れていたらしぃ。










今宵の朝4時すぎ
胸騒ぎとともに
ぱんっと目が覚めた。




あとで
4時すぎに
倒れたと知り
驚いたのとともに
何とも悲しかった…






今年の正月
何年かぶりに
鶴岡八幡宮へ
初詣に行った。。



何でか
わかんなぃけど
行かなきゃ
いけなぃ気がして…


今臆(ぉも)ふと
導かれて
たのかもしれなぃ・.+゜・。




久々に見た大銀杏は
厳かで何とも
威厳を感じて…


リスも遊びにくる
御神木は誰からも
愛されてぃて…


久々に御神木に
再来出来て
嬉しくておもぃきり
はしゃいだっけ。




奇しくもあれが
私が見た最後の
御神木の姿・.+゜・





もぅ過ぎたけど
3月1日はぁの
静御前が
鎌倉入りした
日だった。



去る文治二年
(1186年)
3月1日

吉野で捕えられた
静御前が
鎌倉入りした日。。




3月に倒れたのも
意味がありそぅで…



何ょりこの別れの季節…


まるで
“別れ”が
“始まり”だと
体現している
みたぃだ・.+゜・。+








鶴岡八幡宮の
舞殿(下拝殿)で
源頼朝の求めに応じ
白拍子の舞を
舞った静御前…




冒頭の
義経を慕う歌を唄い
頼朝を激怒させた。。




白拍子というのは
水干(すいかん)という
武士がよく着ていた
狩衣(かりぎぬ)を
簡素化した服装で
頭に立烏帽子をかぶり
腰に刀をさした
所謂(女性が)男装をして
今様を歌いながら
舞を舞うというもの。





白拍子の舞は
“変化のこころ”



神楽や巫女舞の
原点ともされ
女が男に変化し
舞う様に
神を憑依させ
踊る舞・.+゜・。+゜





彼処(あそこ)で
色んなものを
見てきた御神木…




木は
天と地とを
繋ぐもの・.+゜・。+゜



居なくなって
しまったのは
やはり淋しくて
仕方ない…


どぅか
“昔”を“今”に。。















しづやしづ
しづのをだまき
くり返し
昔を今に
なすよしもがな







倭文(しず)の布を
織る麻糸を
まるくまいた
苧(お)だまきから
糸が繰り出されるように
たえず繰り返しつつ
どうか昔を今にする
方法があったなら…




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  1. 2010/03/10(水) 20:54:55|
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